精一杯、頑張るから。










Wanna be













落ち込んでる。
彼を見てすぐにそう思った。
見た感じはもしかしたらいつもと変わらないのかもしれない。
でも確かに、表情が暗くなる一瞬があって。
あたしは心配だった。
「黒崎くん!」
「お?おお、井上か。どうした?」
背後から声をかけると、振り向いて。あたしやたつきちゃんや、他の人たちが相手でも、絶対彼は目を見てくれる。
小さい頃言われた「目を見て話せ」を実践しているような、そんな感じ。
でも。
声をかけて振り向くまでは同じだった行動も、すっと目を反らされて。
あたしはますます心配でたまらなくなった。
「どうしたの?大丈夫?…疲れてるの?」
隣りに辿り着くと、並んであたしたちは歩き出した。
「ん…いや。別に大したことじゃないんだけどさ」
聞き返すべきか、迷った。
人は誰にだって聞かれたくないことや話したくないことや、まして秘密の一つくらい持ってる。
でも、それより何より、心配だった。
学年が上がって、あたしたちは三年になって。…夏になったばかりなのに。
黒崎くんはどこか、寂しげな色を見せていたから。
「うん」
だから聞き返すと、彼は少し言い難そうに、いつも寄せている眉をますます深くさせた。
「…」
言葉は無かった。
どう言うべきか迷っているというよりは、言いたくなさそうな雰囲気。
言いたくないことはたくさんあるよね。
知られたくないことや、できれば忘れていたいことだってあるよね。
それは、あたしも分かる。
でも、…心配なんだよ。
貴方が家族や友人を大切に思ってくれるように、あたしも好きな人の力になりたい。
空ぶっていても良い。
気持ちが通じなくたって、彼の心が少しでも軽くなれば。
「……ね、海に行こうよ!」
「…は?海?……今から?」
「うんっ、ね!?行こ?」
笑顔を浮かべながら、彼の手をぐいぐいと引く。
黒崎くんは眉間を深くさせて、何で?と言いたげな顔。それはたぶん、…普通の反応。
でもここで挫けちゃ、駄目よね。
そう思って、少しばかり強引に彼を引っ張って。あたしたちは近くの海辺へと向かった。






学校帰りの学生で、バスの中は満員だった。
いつもは乗らないから、かなりその混雑が大変ではあった。
けどそれでも、彼が元気付けられるなら、これも平気に思えてくるから不思議だ。
そうして辿り着いたカラクリ町から一番近い海。
もうそろそろ夕陽が水平線の向こうに沈んでいきそうで。
いつもは青い海が、夕陽に照らされて燃えるような赤に染まっていて。
その雄大な景色がとても、息を飲むほどに綺麗だった。
カバンを砂の上に投げると、あたしはパタパタと波打ち際まで走っていって、黒崎くんへ笑いかける。
「見てて!お城、作るから!」
「城?お前、作れるのか?」
「これでも手芸部だから平気!」
…どう関係あるんだよ。
そんな呆れたようにつぶやく声がしたけれど、彼は波打ち際のあたしのいるほうへと、ゆっくりながら近寄ってきた。
ザカザカと近くの砂を集めて、昔お兄ちゃんと作った記憶を頼りに作っていく。

波に飲まれてすぐ消える運命だって。

サラサラと崩れてしまうものであっても。


…あたしは。



ペタペタと海水を少しずつ掛けながら、あたしは少しずつお城を作った。
黒崎くんは最初こそただ眺めていただけだったけど、途中から参加してきて。
何かを話すこともなく、あたしたちはお城つくりに没頭した。
「でーきたっ」
さすがに数分もしないうちに、出来上がった。
見た目は不恰好だし、今にも崩れそうだし、波打ち際だからいつ波に飲まれても可笑しくない。
だからあたしは急いで立ち上がって、目的のものを探す。
色付きだから見回せばすぐに見つかって、あたしはこっちの様子を見ていた黒崎くんに半分に割ってそれを渡した。
「はい、黒崎くん」
「…何だ、これ」
「二枚貝だよ。ね、黒崎くんなら、このお城のどこにそれを置く?」
「どこって…」
あたしがどうしてそう言ってきたのか分からない。検討もつかない。そんな顔をして、黒崎くんは二枚貝の片割れを見つめて。
首を傾げながら、本当に適当な感じで貝を置いた。
「ここ…かな」
「じゃああたしはここ!」
黒崎くんが置いた貝の隣りに、自分の二枚貝の片割れを置く。
「……」
「どうしたの?」
あたしの置いた貝を見つめて、ゆっくりとあたしへと顔を上げて。
怪訝そうにしていたけれど、さっき置いた貝を手にして、別の所へ移動させた。
「こっちかも」
「じゃ、あたしもこっちかも」
また近くに自分の貝を移動させる。
それを見て、彼もどうやら何か感づいたらしかった。
「………井上?」
あたしは砂の上に正座をして、彼の正面で、満面に笑顔を浮かべると。
「いつも応援してる。あまり力にはなれないかもしれないけど、いつだって近くにいるからね」
彼にとっては邪魔に思えるだろうけど、…これがあたしの精一杯。

だから、一人で抱えないでね。

あたしは少しでも力になれるように、支えられるように、隣りにいるから。

元気になれる手伝いができるなら、何だってしてあげるから。

だから、ほんの少しで良い。

あたしを頼ってください。

あたしなりに、あたしのできる方法で貴方のために頑張るから。




「…ありがとな」
「うぅんっ。それくらいしかできないから、…あたし」
彼の言葉に慌てて返事をして、自分の口にした言葉に少し落ち込んでしまう。
もっと力になりたいのに。
どうすれば、もっと上手に大切な人を支えられるのだろう。
…でもこれだけは、確信をもって言える。


もう二度と、お兄ちゃんの時のような後悔だけはしたくはない。



「…ジュースでも奢るから、向こうに行かねえ?」
少しの沈黙の後、そう言って彼が指さしたのは、防波堤。
その防波堤の後ろに、小さな自動販売機があっあから、たぶんそこから買ってくるのだろう。
「うん」
「好きな飲み物あるか?」
「冷たいのは何でも好きだよ」
「おぅ、分かった。ここで待っとけよ」
頷いたあたしと隣りあって防波堤まで行くと、彼はその後ろへひらりと飛んで自販機へと向かっていく。
あたしは防波堤の上に腰掛けて、彼の言うとおりその場で待った。
目の前は、綺麗な夕焼け。
潮の香りが少し酸っぱくて。でも、さざ波の音がとても心地よくて。
胸いっぱいに空気を吸い込んで、あたしはほっとため息をつくように瞳を細めた。
雄大な景色。
こんな大きな海を見ていたら何だか、悩みや自分がとても小さく思える。
精一杯やって、それが小さくても、仕方ないのかもしれない。
背伸びしたって、あたしが出来ることは大して変わらないのだから。
「井上」
「あ、ありが………っ!!!!」
呼ばれて、物思いから抜け出したあたしは。彼がいるだろう方向を振り向いたそのとき。
おでこで、ちゅ、という小さな音がした。
一瞬のことで、頭が真っ白になる。
何か言いたいのに、まともな言葉が何一つ頭に浮かんでこない。
目を丸く…というより、放心に近い状態で彼を見上げた。
確かに、ここ最近、たつきちゃんから「もしや付き合ってる?」とか聞かれるような関係ではあったけれど。
まさか、こうされるなんて…夢にも思わなくて。
信じられなかった。
もちろん、悪い意味なんかない。むしろ、嬉しくて。…嬉しすぎて。
今が夢なんじゃないかと、思えてしまうくらい。
「…迷惑だった、…か?」
「う、うぅんっ!そんなことない!そうじゃなくて、…夢じゃないかって……思ってしまって」
黒崎くんの少し寂しげなその顔に、あたしは必死に否定をして。だけど語尾が弱くなっていった。
もしかして、本当に自分に都合が言いだけの、夢かもしれないって。
単なる願望が、夢の中でだけ形になっただけなのかもしれないって…思えて。
落ち込むような寂しさが胸を占める。
でも落ち込むかのように俯いてしまうあたしへ、彼の言葉が聞こえて。
心臓が、大きく鳴った。
「助かる。いつも…ありがとな、井上」
顔を上げたそこには、こちらを見つめる穏やかな瞳の彼がいて。

立っているのか腰砕けになっているのか、それさえよく分からなくなった。

「おっ…おい?」
ぐにゃりと膝をついて、ドキドキ騒ぐ心臓をぐっと押さえた。
彼は膝をついたあたしの片腕を引いて、慌てたように立ち上がらせようとするけれど。
「え、えへへ…」
頬は緩んでもう笑さえ止まらなくって。
引っ張られていない心臓を押さえた片腕で、今度は自分の緩む頬に触れた。
心臓が早い。
頬は熱い。
まるで世界に色がついたように、鮮やかになっていく感覚がした。
「大丈夫か?」
「…何とか」
緩みっぱなしな頬を叱咤して、縋るように掴まれてる腕を離してもらう。
足はまだ少しふらふらするけど、それが余計に強くさっきのことが現実だということを教えてくれてる気がした。
防波堤の上に腰掛けて、買ってきてくれたジュースを受け取ると。
缶を開けながら、黒崎くんが隣りに座った。
正面には大きな夕陽。
隣りには大好きな人。
潮風は気持ち良いし、さざ波は心地良いし。
胸がいっぱい、というのはこう言うことを指すのかも。…なんてことを頭の隅で考えていた。
「…幸せだなぁ」
ぽつりと思いがけず言葉が漏れる。
ほとんど無意識下での、そんな言葉だったのに。
「俺も」
なんて返ってきて、ますますあたしは頭の中がぐるぐるとしてきた。
嬉しくってもうどう言葉を表現して良いのやら分からない。
ただ、彼が隣りで。
今日一日浮かべていたような、辛そうな表情は影さえなく、穏やかにしていた。



あたしの力はとても小さくて、簡単に波に飲まれるかもしれないけど。

だけど、力になれるように、たくさん頑張りたい。

後悔の無い毎日を送れるように、毎日を精一杯生きたい。



とても大事な貴方と一緒に。











「でこちゅう」を入れるためどう展開させようか悩みました(^^;
お気に召したら、お持ち帰りどうぞ(^^ これもフリーですよ〜
20040617 UP




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本当に一瞬で右クリでした。保存した後何度も何度も確認した記憶があります。
うれしすぎる…!!!! ていうか可愛すぎ…!!!!(悶)
2周年おめでとうございます。いまさらアップしてすみません…(落)
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